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半原操り人形浄瑠璃
(はんばらあやつりにんぎょうじょうるり)


御所桜掘川夜討

弁慶上使の段

半原操り人形浄瑠璃保存会


程もあらせず入来るは、
掘川御所に隠れなき、智仁勇のその骨柄。
忠臣の鑑とは、唐土の予譲、
わが朝にてその一人と呼ばれたる、
武蔵坊弁慶。
縁塗取って打被き、
大紋の袴踏みしだき、しづしづと打通り、
むづと坐して一礼し

「ホホ存じたとは違うて、
みずみずとした御顔色、まづは安堵仕る」

と、申し上ぐれば卿の君

「オオ、わが君様にも御機嫌よくましますか」

と、お詞あれば武蔵坊

「ホホ、その御仰せの健やかさ、
これと申すも侍従夫婦の御介抱、
御大切になさるる御苦労の甲斐が見え、
祝着に存ずるよ」

「これはこれは御挨拶。
ご主人ながら御平産あるまでは。
わが館に預かる卿の君様、義経公の御前、
幾重にもおん取りなし」

「アア、イヤイヤ、取りなしには及ばぬ。
すべて物事の取りなしといっぱ、
かなれ八合の事を、十分に言うが取りなし。
この弁慶それ嫌い。
見たとおり罷り帰り、
真直ぐにもうしなば、君にもさぞや御満足。
さて後学のため卿の君様へ御物語。
総じて勇士の戦場へ赴く時は三忘と申して、
忘るる事三つあり。
国を出づる時家を忘れ、
境を過ぐる時妻子を忘れ、
敵陣へ臨んではわが身を忘るる。
婦人の懐胎もまっそのごとく。
すでに月満ち御産の緒を解かるるは、
かの勇土の敵陣へ駈入って、
これぞよき敵ござんなれ、
遁すまじと引組んで、首を取るか取らるるか、
よい子を産むか得産まぬか、
生きるか死ぬるか、生死の境。
ガ、ここをよく御合点なされ、
かねてなき身と思召さば、
その期に臨んで不覚を取らぬ。
拍子に乗って馬鹿な事を、アハハハハハ。
肝心の御内談遅なはる。
ここは端近、蜜蜜に御意得たし。
しかし、あれに見馴れぬ女、
ありゃなに者でござるな」

「あの者は、おわさと申して、
これなる腰元信夫が母。
卿の君様をお見舞ひに参りし者でござります。
わが家の奥勤めも同じ事。
憚りながら、お心おきなく御内談」

「アア、イヤイヤ、彼をはじめ女中方、
間を隔てて遠慮召され。
サ、君様、侍従殿ご夫婦、
奥へにてとくとご内談」

「イザ、お通り御案内」

と、卿の君を誘ひて、
侍従夫婦は先に立つ。
後に引添ふ武蔵坊、鎌倉殿の難題を、
つひ打明けていへばえに、
暫く心奥の間に打連れ伴ひ入りにけり。
あとうち見やり腰元信夫

「サラバ、この間にちょっと母様、
この頃はお顔も見ず、お懐かしや」

と、立ち寄れば

「オオ、そなたも息災で嬉しい嬉しい。
ガコレ信夫、
今この母がいふ事をよう聞きゃや。
たとえ御前の御意にいるとも、
かならず、かならず朋輩衆を袖にすな。
出かし立てして嫉まるるな。
林の中でも高い木は、
風が枝をば折るぞとよ。
一人寝覚めの度毎に、蓄めておいた数々も、
逢へば嬉しうて□へ出ぬ。
なにをいふも身を大事に、
コレ、煩うてばし給んな」

と、手を取交はす親と子の
わりなき風情ぞ道理なり。
ややあって侍従夫婦、
奥より出づる屈託顔。おわさ目早く、

「これは、これは御二方様。
どうやらお気の浮かぬ御容態。
御内談と申すはマ、なに事でござります」

というに花の井、引っとって

「サレバイノウ、
今日、武蔵殿参られしその仔細は
『義経公、叛逆人時忠の娘、
卿の君を妻と定めいるからは、これ同腹。
一味でなくば姫君の首討って渡せ』
と、鎌倉殿の御難題。
おちひさいから夫婦の者が手塩にかけ、
育て上げた姫君様、
そもやお首が切らりょうか。
なんと刃が当てらりょう。
殊にただならぬお身の上、
弁慶殿も切兼ねてとつおいつ思案の上
『お身代りを立てまいか』
『オオ、その身代りは誰かれ』
と詮議の上、年頃、眉容姿、
面ざし似たるこの信夫。
正真の背に腹とやら、
コレ、了簡はあるまいが、
夫婦の者の苦しみを思いやって」

とばかりにて、かっばと伏して泣き入れば、
夫も座したる膝を改め、

「この世の中に、これに上す無心もあるまい。
その返報には、夫婦の者を八つ裂きにもなされ、
サちっとも惜しまぬ、惜しまぬ。
命は集まれども、一つも用の役に立たぬ、
本意なさ無念さ悲しさを、推量あれ」

と、はらはら涙。
始終の様子聞く信夫、涙を押へ傍に寄り

「十年にあまる宮仕へも、
たった一日御奉公もうしても、
お主様に違いはない。
不束なこの身でも、お役にさへ立つならば」

「アア、コレコレ母を差置きつかつか、
つかつかと物言やんな。
ハイハイ、この子はアノ、
私一人で出来た子ではござりませぬ。
顔も知らず名も知らぬ、父親がござります。
その親を訪ね手渡しするまでは」

「アアコリャコリャ、
いかに狼狽ゆればとて母親ばかりで出来る子が、
三千世界に在ろうと思うか。
その上、顔も知らず名も知らぬ、
父親を尋ね手渡しするとは、
なにをしるしに尋ぬるぞ。
アノココナ、偽り者めが。
子心にさえ、主従の道をわきまうるに、
見限りはてたる女め。娘をつれてはや帰れ。
サ、花の井、こちへ」

と立上る。

「ノウ、コレ、待って下さりませ。
偽り者と言はれては、親ゆえこの子の道立たず。
顔も知らず名も知らぬ、
夫を尋ぬるしるしはこれ」

と、上の一重を押脱げば、右は変わらぬ詰袖に、
左ばかりが振り袖の濃き紅の染模様、
橘ならぬ袖の香の、むかし床しく偲ばしく

「娘が聞く前恥しき昔話、私はもと、
州姫路の近在福井村、本陣の何某こそ私が父母、
十八年以前、頃は夜も長月の廿六夜の月待の夜、
あまた泊りのその中に、
二八あまりの稚児姿。
こっちに思へばその人も、
すれつ縺れつ相生の、松と松との若緑、
露の契りが縁のはし。
オオ恥かしや。
つい闇がりの転び寝に、つらや人の足音に、
恋人も驚きて、起きゆく袂を控ゆるを、
振切り急ぎゆく拍子。
ちぎれてわが手に残りしは、この振袖。
仮寝の情は浅けれども、
妹背の縁や深かりけん。
その月より身も重く懐胎し、
後にてなんと詮方も、
産み落せしはこの信夫。
縁あれぱこそ子まで設けしもの。
この振袖を知るべにて、
ふたたび尋ね逢はんと思ひ国を、
国を出でて十七年。
嬰児を抱へ様々と、
さまよい廻りし憂き艱難。
いまに尋ね逢はねども、女の念力、
これこそは娘よ、父よと名乗り合いする、
それ迄は。
蚤にもくはさぬ大事の娘、
お役に立てぬは右の訳、
卑怯未練でない申訳、
ナもうしアノ娘には、
どうぞお暇を下されませ。
コレ信夫、サ立ちゃ、立ちゃ、
エエ、マ立ちゃいの」

といへど立兼ね、見捨て兼ね、
親子心の隔ての一重。
始終聞き入る武蔵坊、信夫が背骨障子越し、
ぐっと刺いて一えぐり、

『ウーン』

と悶ゆる苦しみに、

『こはこはいかに、こはいかに』

と、傍で見る目の三人は、
呆れ果てたるばかりなり。
母は泣くやら、気は狂乱。

「さては夫婦といい合せ、
大事の大事の娘をば、
ようもようも惨たらしい。
サササササ元のようにして返しゃ」

と、武蔵にしっかと縋りつき、
泣くよりほかの詞なく。
弁慶真ん中にどっかと座し

「コリヤ、声低くに、ほざきおろう。
逆縁きたれば是非なくも、
障子越しのひとえぐり、
これには深き仔細のあること、
とこほえずとこれ見よ」

と、押肌脱げば

『こは、いかに』

下着の衣の紅に、大振袖の伊達模様。

「ヤア、その振袖は」

「オオ、この片袖はそっちにある筈。
いつぞや播州福井村にて、
人目を忍びしばしの仮寝。
さては、汝であったよな」

「エエ、そんならお前がその時の、
あのお稚児さんかいな」

「オオ、書写山の鬼若丸だ」

「ヒエエ、スリヤ、この娘は真実おまえの、
真実おまえの子じゃないかいな」

「オオ、初めて顔見る仮寝の父親、
殺したはお主の身代りだわ」

「ハア」

はっと、ばかりに母親は、
娘の傍に走り寄り、

「コレ娘、あれを聞きゃつたかいの。
そなたの父御といふは、
アノ、弁慶様じゃといの。
ちゃつと御対面もうしあぎゃいの」

と、抱き起せば、起されて、

「アーアー、母様、なにやら仰るそうなが、
耳が聞こえぬ、もう目が見えぬ、
私は今ここで殺されて
お主様のお身代わりに立つと思えばうれしいが、
親一人子一人の、
私に別れて便りないお前の御身が案じられ
そればっかりがよみじのさわり、
アーアーいやもうしご夫婦様、
たよりのない母様どうぞお頼み申しまする。
また母様も今からはお二人様を大切に
御身を大事に長生きして父さんにめぐり合い、
仲良う暮らして下しゃんせ。
また折折は私も不憫と思ひ朝夕の、
御回向頼み上げまする。こればっかりが」

といふ声も、次第次第にせぐりきて、
はや玉の緒も切れはてて、
この世の縁は、切れにけり。
母は死骸を抱きしめ、

「コレ信夫、
ま一度ものをいふてたもいのう。
これが一世の、
これが一世の別れかいの。
いふて返らぬことながら、
背丈伸びるに従うて、
ただととさんに逢ひたいと、
慕ふ子よりもこの母が、
どうぞ逢ひたい逢ひたいと、
尋ねさまよい国々を、
めぐりめぐりて今ここで、
逢はぬがましであったもの。
死ぬる今はの際までも、
まことの父と知らずして、
母をかばひし心根が、
いじらしいやら悲しいやら、
この胸をさくような、同じ殺す道ならば、
互ひに父よ、娘かと、
名乗り合ひした上ならば、
この思ひはエエ、
あるまいものを。
浮世に心残るであろ。
こればっかりに引かされて
三途の川と、死出の山。
迷ふてたもんな、迷はぬやう、
道は一筋はるばるぞや。
野路の光や燈火の影を力にと
ぼとぼと歩む姿を、
目の先に、今見るやうに思はれて、
可愛いわいの」

と、ばかりにて空しき骸を、
抱きしめ声も惜しまず、泣きいたる。
弁慶涙押しかくし、

「最前より一間にて、汝が話聞くと等しく、
さてはわが子と飛立つばかり。
生き顔も見たかりしが、
なまなか見つ見せては、
未練の心も起らんかと、
腕に任せてえぐりしもの。
ひとたまりもこたようか。
われ生れてよりこの年まで、後にも前にも、
コレ御夫婦、たった一度でござった。
アア、ほて、てんごうな事をして、
生れしわが子と聞くよりも、
憎かろうか、可愛かるまいか。
そのように泣くを見て、
太郎夫婦がいやらずばと、
泣くより泣かぬ、苦しみは、
ナコリヤ鳴く蝉よりも、
なかなかに、鳴かぬ蛍の身を焦す、
小唄もわが身に知られたり。
これにつけても親の恩、
今取りわけて思い知る。
唐土の焚かいが母の小袖を母衣となづけ、
戦場まで持ったりといふ、
それを学ぶにあらねども、
この下着は母の手づから下されしを、
汝に片袖、取られたれども、
亡き母に添ふ心地して、縫ひも直さず、
振袖のこのまま、四国九国、
一の谷へも押し立て、押立て、
あやふき難の遁れしも、これぞ誠に親の蔭。
年月重ね肌身離さず持ちしゆゑ、
名も知らず顔も知らぬ親と子のしるしとなって、
十七年目にめぐり逢ひ、
主君の絶対絶命の、大事のお役に立ったる事、
ひとへに亡き母の賜はりし、
この小袖に手を通し、
親子一緒に引合せ給ふとは、
ハッハ、ハッハ、ハハハハハハ
広大無辺の親の慈悲。
オオ、よく死んだ出かしたな。
とはいひつつも、息あるうち

『われこそ尋ぬる父親ぞ』

と、こんな顔でも見せたらば、
さぞ嬉しかろうもの。
こればっかりが残念」

と、瞼で払う包み泣き。
侍従夫婦が貰ひ泣き。
四人が涙、八つの袖。
八つの時計に打交ぜて、産れた時の産声より、
ほかには泣かぬ弁慶が、
三十余年の溜涙、一度に乱すぞ果てしなき。
武蔵は心取直し、

「南無三宝、はや八つ時。
サ、太郎殿、
卿の君の首討って渡されよ」

「オオ、心得たり」

と、信夫が死骸引寄せて、
あえなく首を打落し、
返す刀でわが弓手の小脇にぐゎと突込んだり。
人々

『これは』

とおどろけば

「ヤレ、騒ぐまい武蔵殿。
わが切腹御合点が参らぬか。
卿の君の乳人、侍従太郎が
この首を添えて渡さば、
天地を見抜く梶原も、
つくり花とは、よもいうまい。
サア武蔵殿時移る。サ、早く早く」

「オオ、合点」

と抜放し、ひらりと見えし刀の影、
首は前にぞ落ちにける。
立直って大音上。

「ヤアヤア、門前に控えし者ども、
たしかに聞け卿の君の御首、
侍従太郎二つの首、
ただ今受取り立帰る」

と、それと知らすも胸あって、
館へ響くばかりなり。
すぐに袂を押切り、押切り二つの首を、
包むにあまる目に漏るる、
涙に嘆き果てしなく、

「さらば、さらば」

と、首を左右にかき抱き立上れば、

「コレノウしばし」

と、取付いて、

「われは未来の約束せん、
我は親子の一世の限り、
ともに名残に今一度、
亡き顔見せてたべのう」

と、泣けど慕へどこがるれど、
心強くも振捨てて、
見せぬもつらし見ぬも憂し、
帰らぬ道に、あこがるる。
夫の別れ子の別れ、二つ嘆きを一筋に、
見拾てて御所へぞ、立帰る。


資料提供:半原操り人形浄瑠璃保存会
G.A.氏


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