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画家 宮地志行 遺作展の記録

平成12年(2000年)10月24日〜11月19日、
瑞浪市市之瀬廣太記念美術館にて「宮地志行 遺作展」が開催されました。

瑞浪市市之瀬廣太記念美術館
http://www.city.mizunami.gifu.jp/sightseeing/institution/art_museum/




(上の写真の文面の写し)
宮地志行の生い立ち
明治から大正にかけて活躍した瑞浪市の初の洋画家宮地志行、本名は景樹(かげき)。
明治24年7月宮地文一の長男として、日吉町半原に生まれる。
明治42年、岐阜県東濃中学校卒業と同時に上京、フランスから帰朝直後の岡精一画伯の門下に入った。
その後太平洋画会(明治35年創立)会員となり、又高間惣七・中村不折画伯にも師事し、
洋画だけでなく、水墨画、水彩画など幅広く修業した。
当時は画業だけでは生活が苦しく、多くの画家は挿し絵を描いて暮らしの足しにしていたもので、
有名な人に竹下夢二・田中比左良等があるが、
志行もラジオ雑誌、児童新報・雑誌「少年」「少女」「主婦の友」などの挿し絵を描いた。
中でも昭和9、10年頃発行の主婦の友の付録「やんぼうさん」(沖野岩三郎著)の挿し絵は
小さい子供向けの微笑ましいタッチで描かれており、
挿絵画家としての彼の真骨頂を表している。
彼は画業だけでなく、多方面に造詣が深く、昭和6年母校日吉第一小学校の改修に際しては、
設計を担当し、中でも中央玄関並びに二階の大会議室(後の図書館)の構想は、
当時東濃地方随一といわれていた。
しかし、彼は健康が余り勝れなかった。
明治・大正・昭和の三代を駆け足で走り去るように、
昭和11年10月東京渋谷の慶応病院で亡くなった。45歳であった。
(以上、瑞浪市市之瀬廣太記念美術館作成の企画展「宮地志行遺作展」(2000年10月)のパンフレットより)

(上の文中に記載のある、宮地志行が設計した日吉第一小学校の写真、
中央玄関と二階がすこし写っている。筆者小学校6年生の時の卒業写真)



日吉第一小学校取り壊しさようなら会(昭和58年(1983年)3月閉校)の写真がみつかったので掲載する。

(「百十年の歩み 閉校記念誌 昭和57年12月 瑞浪市立日吉第一小学校」より抜粋)

記録写真などは、こちら

大正十年には日吉町にも電灯がともり、新時代の幕開けとなる。・・・・・中略・・・・・
昭和四年に電話が開通、ラジオが取付けられた。
就学率は殆ど100%に近く、児童数増加のため、従来の校舎では狭隘となり、
昭和四年頃から校舎改築の議が起こった。
早速に改築委員会が発足し、翌五年には村会、区長会、改築委員会で
増改築案が協議決定され、同年七月建築許可がおりると直ちに工事に着手、
村長安藤智百氏をはじめ、委員、林校長並職員及び村民挙っての熱勢溢る奉仕協力によって
翌六年一月二十七日、ここに堅牢、美観、実用共に具備した
堂々たる新校舎が完成した。・・・・・中略・・・・・
半原出身の画家宮地志行氏の苦心の設計に成る中央玄関の偉容、
大シャンデリヤにかがやく二階大会議室(現図書館)は、
この界わいには見られぬ豪華なものであった。


宮地志行が小学校を設計した時に使用した製図具は今も状態良く残っている。
製図具箱の蓋側にかすかに、YUBUNSHAの文字が読み取れる。

 
中日新聞2000年11月10日の切り抜き(左)と、同日頃の別の新聞社の記事(新聞社不明)
「市で初の洋画家、宮地志行さんの遺作展  地元半原の風景など19点」
「宮地さんは同市日吉町半原出身。18才で上京して岡精一の門下に入り、
制作に励みながら雑誌の挿絵、絵本の装丁を手掛けた。
地元でも日吉第一小学校の設計をするなど幅広い才能を見せたが、45才でその生涯を閉じた。
作品の多くは岐阜市の県美術館に寄贈され、補修作業が行われている。
今回は個人所有のものなど市内で保存されていた19点と、土びな4点を集めて展示。
あどけない少女の人物画や地元・半原や稲津町を描いたと思われる農村の風景画など、
郷愁に満ちた作品が並んでいる。」とある。

資料提供については御関係者のかたに、たいへんお世話になりました。有難うございました。

(参考資料)
企画展「宮地志行遺作展」作品リスト(26点)

(作品名) --------- (寸法) ------- (管理備考)

少女 ------------- 45.6x32.0 ----- KI(作品番号=19)
少女 ------------- 41.3x31.9 ----- KI
ひまわり ---------- 35.0x25.0 ----- KI
いがみの権太 ------ h35.5(土雛) -- KI(作品番号=63)
芝居もの ---------- h31.0(土雛) -- KI(作品番号=42)

羽衣 ------------- 68.5x295.3 ---- TW(作品番号=72)
鷹狩 ------------- 72.5x91.0 ----- TW
操 --------------- h25.5(土雛) --- TW(作品番号=42)

牡丹(静物) -------- 46.0x61.0 ----- MA>KM(作品番号=73)
風景(小道) -------- 23.3x33.0 ----- MA>KM(作品番号=75)
雪景色 ------------ 38.0x45.5 ----- MA>KM(作品番号=49)
駕籠の鳥 ---------- 45.8x38.0 ----- MA

遊び -------------- 61.0x45.5 ----- HK(作品番号=06)
風景(桜) ---------- 33.5x45.0 ----- HK
菊(静物) ---------- 33.0x23.8 ----- HK

白い水差(静物) ---- 54.0x65.5 ----- TK

鮭 ---------------- 72.5x36.3 ---- YI(作品番号=71)
静御前 ------------ h37.0(土雛) -- YI(作品番号=16)
左甚五郎 ---------- h23.0(土雛) -- YI(作品番号=16)

鳥(オーム) -------- 45.3x38.0 ----- KI
花瓶と林檎 --------- 23.0x29.0 ---- KI>YI
風景 -------------- 31.7x41.0 ---- KI>YI
花瓶 -------------- 42.0x32.5 ---- KI

パイナップル(静物) -- 65.0x78.0 ---- HC
兜 ---------------- 55.0x72.0 ---- BC
窯場の風景 --------- 145.0x193.0 -- TS(作品番号=26)

以上。(管理備考の文字は管理者用目的のみです)

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